教室の風景 第4回 2010年代以降:探究・ICT・GIGAスクールの風景

2010年代は「脱ゆとり」の方向にはっきりと舵が切られました。
「ゆとり」でも「詰め込み」でもない、知・徳・体のバランスのとれた力としての「生きる力」の育成が謳われます。
それまで大きく取り上げられた「総合的な学習の時間」は大幅に削減され、五教科及び保健体育の授業時数が増加しました。
小学校では「英語」が必修となり(小学校)、「特別の教科」としての「道徳」が登場します。
この中で、教員に対する信頼を取り戻すために、政策的にも教員の管理・評価が強化されるようになりました。
具体的には、教員免許更新制(これは教員の負担増等の理由により後に廃止になりました)や、指導力不足教員制度・教員評価制度が導入です。
また、教員の「専門職化」を進めるために教員養成課程の改革が行われました。
更に、校務分掌の細分化・標準化が進み、校長のリーダーシップが強化され、教員の裁量の幅が狭められ、組織的な管理と成果の可視化が進みました。
そして、教育の「成果主義」的な視点が強まり、教員の専門性よりも「説明責任」を問うようになりました。
同時に、部活動顧問や校務負担の過多、給特法による残業代不支給などが問題視され、教員の働き方改革が求められるようになりました。
このような流れの中で、1970年代の第二次ベビーブーム期に大量採用された教員が、一斉に定年退職を迎えましが。この穴を埋めるために採用枠が拡大されました。
しかし、長時間労働や部活動指導、保護者対応などの負担が「ブラック職場」として報道されることが増加し、教員間のいじめや不祥事も影響し、教職のイメージが悪化。民間企業を希望する者が多くなりました。
その結果、2018年頃から、教員採用試験の倍率が顕著に低下し始めます。
「危険水域」とも言われる水準にまで倍率が下がり、教育界に衝撃を与えました。
2020年代に入り、「生きる力」の理念を継承しつつ、より具体的な「資質・能力」の育成が重要課題となりました。
知識を関連づけて深く理解し、未知の課題に対応するための「論理的・創造的な思考力」を、
自ら学び続ける姿勢、他者との協働、倫理観などを育む「学びに向かう力・人間性」を目指そうとしたのです。
そして具体的な内容として、社会の変化に対応するための「外国語(英語)教育」と「プログラミング教育」が導入されました。
更に、教育方法として「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」の推進が、そのために学校全体で教育課程を構築し、教科横断的な学びを推進するカリキュラムマネジメントが提唱されました。
しかし、2020年にコロナ禍が全国を襲います。
新型コロナウイルスの感染拡大は、教育現場にかつてない変化をもたらしました。
学校の臨時休校や分散登校が続く中で、子どもたちの「学びの保障」を実現するため、ICTの活用が急速に進展しました。
本来、数年かけて進める予定だった「GIGAスクール構想」が、コロナ禍により前倒しで全国展開しました。
子どもたちに一人一台の端末が配布され、Wi-Fi環境の整備も急速に進行しました。
その結果、オンライン授業、家庭学習支援、校務のデジタル化が一気に加速します。
学校ではプロジェクターや電子黒板、クラウドツールを活用し、協働的・対話的な授業を展開する、と言われていますが、実際はごく限られた教室・学校の話です。
一方で、端末の使い方やネットワークの脆弱性、不適切使用への対応など、現場の負担や格差が浮き彫りになりました。
特に教員間・学校間での情報共有の仕組みが不十分で、マニュアルは存在せず「使い方は知っている先生から聞くように」という口伝が中心になっています。
ICT活用の個人差・学校差・地域差が顕著になっている現状です。
そもそもアクティブラーニングとは、グループディスカッションやディベート、調べ学習や探究学習等、対話を中心とした学習でした。
そして「GIGAスクール構想」とは、
- 習熟度や興味に応じた最適化された学び
- オンラインでの共同作業や意見交換を可能にする協働的な学び
- 動画・画像・文章ばど多様な表現を可能にすることでの表現力・思考力の育成
- 地域や家庭環境による教育格差の是正
を保証するものでした。
端末の導入はそのための手段であり、目的は「子どもたちの学びの質の向上」だったはずです。
隣同士に座りながら、わざわざオンラインで話をする必要はあるでしょうか。
ネットで調べることが「探究学習」と言えるでしょうか。
キー入力もおぼつかない子どもは、パソコンを使って多様な表現ができるでしょうか。
そして、現在のICT環境で、本当に教育格差の是正は保証できるのでしょうか。
コロナ禍は、教育の在り方そのものを問い直す契機となったのではないかと思います。
……なぜ歴史を学ぶのでしょう。
よりよい生き方をするために、知識と経験をもとに、それらを結びつけて新しい知識を創り出し、実践していく喜びを味わう
――もしそれが教育の本質であるならば、
現在の「教室の風景」は、過去の風景とどこかでつながっています。
過去の成功と失敗に学び、未来の「教室の風景」を創っていくのは私たちなのです。